なぜゲームには勝ち筋が複数ありうるのか?

スタイルが違うのになぜ勝てるのか?

最近僕、株のトレードを頑張ってるんですが。

トレードって、スタイルが色々あるんですよね。順張り/逆張り, 短期/長期, 古典的/現代的, テクニカル/非テクニカル・・・ まあ本当、色々あります。

で、それぞれのスタイルに、勝ち組がいるんですよね。これ、なんででしょうね?

ある局面で買いに回る人、売りに回る人、それぞれ判断が強者の間でも分かれたりします。それなのに、両者とも勝ち組だったりします。

もし、相場の神様が居たら、期待値的に一番いい選択って一つあって、それが分かるはずです。

どうして違うスタイルでそれぞれ勝てるんだろう?と思うわけです。なんででしょう?

人間の能力の有限性が原因?

この疑問についての、僕の暫定的な答えは「人間の能力は有限だから」というものです。

僕は株は苦手なので、昔やってた麻雀のアナロジーで考えてみます。

麻雀も、さまざまなスタイルがあります。鳴きが多い人、少ない人、リーチを積極的に打つ人、打たない人、etc。

序盤の字牌の切り方一つとっても、強者の間でも判断が分かれます。

これ多分、「麻雀の全部を考えきれないから」なんですよ。人生の数年、数十年という短い時間で、麻雀の奥深さを全て探索し切ることはできないし(長期的な有限性)、その数秒、数十秒の間に、起きていることを全て把握しきる処理能力もないし(短期的な有限性)、とにかく、麻雀というゲームは奥が深すぎるんだと思います。

つまり「麻雀の全てを理解して、無数の選択肢の中から、唯一の正解を選ぶ能力は、人間にはない」んだと思います。

だから、潜る場所を決める必要がある。それがスタイルなんじゃないでしょうか。

鳴き重視の人であれば、守備力が落ちても逃げ切る技術を考えつくす。読みであったり、手牌が短くなっても凌ぐ技術だったり、そのスタイルの中でのワザを探り続ける。

面前重視の人であれば、山読みの技術だったり、手牌が長いからこそできる守備力だったり、これもそのスタイルの中でのワザを探り続ける。

それだけで数年経ってしまう。

スタイルという形で探索空間を絞っても、それでもなおゲームは奥深い、ということなのかなと。

ということで、人間の能力は有限だから、宇宙のように広いゲームの世界の、一部分に腰を据えて、その範囲で強みを探していく、という話なのかな、と思っています。

株で勝ちたいんやけど…

話を株に戻しても、多分考え方は同じなんじゃないかなと思います。

ファンダなりテクニカルなり長期なり短期なりブレイクアウトなりレンジなり、色々な手法があるなかで、どこに自分の腰を据えるか。

全部やろうと、全部うまくやろうとしても無理なので、自分が勝てるところを狭くてもいいから見つける。そして、勝てる時だけ戦う。

だから、色々なスタイルで、勝てる人がいるんだろうな、と思います。

以上です。Twitterをやっています。

今読んでます。良いです。↓

システムトレード 基本と原則

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。