知らないと恥をかく投資手法宗教戦争

教養としての投資手法

「最強の投資手法は何か?」
誰もが欲しがるこの問いの答えを巡って、様々な立場の人が議論を闘わせてきました。
彼らは、時には対立し合い、いがみ合い、罵り合っていますが、令和の時代になった今となっても、「最強の投資手法は何か?」についての答えは出ていないようです。
もはやこの争いは、単なる手法の優劣の議論を越え、一種の宗教戦争の様相を呈してきております。
さて、現代に生きる投資家、トレーダーの皆様においては、この宗教戦争におけるさまざまな立場について、ここでぐるりと一巡、どのような考え方(宗派と言ってもいい)があるか、ざっと見ておくのが良いかと思います。
教養として、現代の投資手法を取り巻く宗教戦争について概観してみましょう。

現金至上主義者 ~闘わなければ負けぬ~

まず見ていくのは、現金至上主義者です。彼らは「投資はギャンブル」、「リスクは受け入れられない」「現金こそ至高」という強い思いを持って、自身の資産を管理しています。大半の一般人は、このある意味無宗教といってもいい立場にあると言ってよいでしょう。
近年の、「貯蓄から投資へ」という流れにも関わらず、現状の日本においては、現金至上主義者が多数派を占めているといえます。また、彼らの中にも、「退職金程度はideco などで株式で運用する」という亜流が存在しますが、あくまでも邪道、亜流だと考えられます。様々な批判もありますが、資産が運によって変動しないという点は、安心感をもたらすものであり、その考え方は否定されるべきではないでしょう。

インデックス投資派 ~正義は我にあり~

現金至上主義者は、ある日目覚めます。彼はは突然、「自分は洗脳されていた」「現金はゴミ!」「資産は複利で増やす!」「機会損失」などと叫び出します。現金派を脱却して最初に入信するのは、インデックス投資という宗派です。
市場全体に分散投資するという、現代ポートフォリオ理論を背景にした彼らの思想基盤は盤石であり、強固な支持基盤を固めています。彼らの中には、初めて宗教に目覚めた人間特有の青臭さがある者も多く、行き過ぎた選民思想を持つことがあります。彼らは現金派を、「マネーリテラシーが低い」「情弱乙」「お金の高卒乙w」などと罵ることがあります。彼らの言動の裏には「自らは目覚めし者であり、現金派は目覚めていない哀れな人間。あと、ポイ活最高。」のような過激な思想が垣間見えます。彼らは、インデックス投資原理主義者と呼ばれます。
また、現代ポートフォリオ理論や、ランダムウォーク理論を神聖視し、これを上回るパフォーマンスを求める行為は、マーケットの神に対する侮辱であり、許されざる行為だと考える一派、つまり、アクティブ投資派を批判する、インデックス投資過激派も存在します。

アクティブ投資派 ~神を超えたい~

アクティブ投資派とは、市場平均を越えようとする試みを止めない狂信者達の集団を指します。彼らはインデックス投資では飽き足らず、独自のポートフォリオを構築します。
様々な宗派からなるアクティブ投資派ではありますが、彼らの根本の狭義は共通しています。それは、「シーキングアルファ」。つまり、市場という神を越えることを求める、この一点に尽きます。この合言葉を胸に、彼らは存在するかも分からない、神を越える手法を求めて、多種多様のアプローチを試みます。
このような行為に対して、インデックス投資派は、「アクティブ投資は、神を越えようとする無礼かつ不毛な行為」として批判する傾向にありますが、市場平均という神は存在するのか、はたまた死んだのか、その点については有識者の間でも意見が統一されていないと言われています。
また、この宗派は、非常に多種多様の教義・宗派を形成しており、その全容を把握するのは、非常に困難な状況になりつつあります。各宗派の教祖は教典(というか投資本)を著しており、その数は膨大なものとなります。投資本(というか教典)クラスタと呼ばれる研究者たちは、同じような内容の教典(というか投資本)を買い集め、難解な用語で相場について語ることを生業としております。
様々な宗派があるアクティブ投資ですが、ここでは、「ファンダメンタルズ派」と「テクニカル派」の2派に大別して、アクティブ投資派の教義を見ていきましょう。

ファンダメンタルズ派 ~投資の王道~

ファンダメンタルズ派、通称「ファンダ派」です。彼らには「我々は投資の王道を行っている」という自負があります。彼らは、財務諸表など公にされた過去のデータを読み込んだ上で、今後の業績の見込みなどを独自に推定し、市場の評価とのギャップを見つけ、それに対して「待った」と、買いや売りのポジションを取ることで声高に叫びます。
この宗派の開祖はグレアムであり、グレアム聖人-バフェット聖人という師弟関係で、一通りの完成を見たと言って良いでしょう。
現在も彼らの教えを発展させたり、独自の発展を経て、さまざまな宗派が存在します。令和の時代の現在においても、Twitterなどで影響力を持つ一派は、このファンダメンタルズ派に属する、もしくは近いポジションを取る人たちで占められています。彼らの一部には企業分析をnoteと呼ばれる教典プラットフォームを通じて、自らの考えを広めようとする者もいます。

テクニカル派 ~この世の全てをチャートに置いてきた~

テクニカル派は、主にチャートと呼ばれる、価格と出来高から構成されるマンダラ、いや、チャートを、経典として崇めており、その中からマーケットの神々の声を聞こうとする一派です。価格と出来高には、全ての情報が詰め込まれていると考え、その動きに集中します。
彼らは、前述のインデックス派からも、ファンダメンタルズ派からも、邪教、異端扱いを受けることも多々あり、迫害されし一派と言えます。彼らは無機質なチャートから、市場の声に耳を傾け、今のマーケットがどうなっているか、近い未来がどうなるかを感じ取ろうとします。その試みはファンダ派の嘲笑を浴びることもありますが、敬虔なテクニカル教徒はそのような言葉に耳を貸さず、一心不乱に経典(投資本とも呼ばれる)や、チャートを読み漁ります。彼らは、数千円と決して安くなく、かつ似たような内容が書かれた経典(投資本とも呼ばれる)を読み漁り、その経典から得た専門用語でTwitter上で自らの見立てを語り、同志と議論を闘わせます。
フィボナッチリトレースメント的には・・・」「VCPパターンで出来高も良い。ポケットピボットで逆指値でinしたい・・・」「エリオット波動の修整波が腰のコリにダイレクトアタック・・・」などと、外部者からは理解できない用語を、得意げに語ります。その流れるように専門用語が飛び交う様子は、狂信者のそれと言っても過言ではありません。
また、テクニカル派も一枚岩ではなく、諸々の宗派が存在しており、各宗派の間でもいがみ合いが絶えません。これらの宗派を解説するだけでも、本が一冊書けるとも言われています。
以上がアクティブ投資派の2大派閥ですが、近年頭角を表してきた一派についても、ここで触れておきましょう。

インフルエンサー崇拝派 ~濡れ手で粟を~

話は飛びますが、一般論として、宗教というのは伝搬の過程で形を変えます。悟りを求め、死後の世界などないと考えた仏陀。彼が興した仏教が、東へ東へと伝播するにつれ、極東の日本では、死後の世界を信じ、偶像を崇拝するような形に変わったように、投資においても教義は変化します。
その極端な例が、インフルエンサー崇拝派でしょう。彼らはSNS上で群れをなし、インフルエンサーという預言者(メシア)の言葉に耳を傾けます。その姿はもはや偶像崇拝と言ってもよく、自らの頭で思考することはありません。預言者の「買って買って!」「売って売って!」「ワイフ!」という言葉に従い、「買いました!ありがとうございます!」となどリプライを飛ばし合い、彼らの中での結束を固めていきます。
強力な権限を持つ預言者(メシア)と、その取り巻きからなる集団は、一種の強力な力を、相場で形成します。投資という宗教の中では、確実に異端であり、忌み嫌う多教徒も多いですが、根強い人気を持つことは否めません。彼らは、投資を始めた初心者を取り込みながら肥大化する、強力な宗派の1つと言えます。

おわりに

以上、現代の日本の投資環境を取り巻く宗教戦争について概観してみましたが、いかがだったでしょうか。投資・トレードをするのであれば、現状の宗教戦争の現状を、教養として把握しておくのは、ご自身の足場を固めるためにも必要だと信じております。
また、どのような信仰を持つのも、ご自身の勝手ですが、悔いのない投資信仰ライフをお過ごしください。
なお、私は敬虔なテクニシャン…失礼、一般の方にもわかりやすい言葉で言うと、「テクニカル分析信者」です。テクニカル投資クラスタの門戸は、全ての迷える子羊に対して開かれています。入信希望の方は、以下のアカウントを、是非フォローください。宜しくお願い致します。

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