ちょっとわかりかけてきたので、言葉にしてみたい。
当たり前のことではあるけれど、成果を出そうと力むよりも、成果を出す速度を上げたり、更に言えば加速度(時間微分2回)を上げるのに力を使った方がよいっぽい。
年取ってくると、割と残酷なレベルで成果の量に差が出てくるけれど、それはこのあたりっぽい。
まず、成果と、成果を出す速度の関係について書くと、これはよく言われる「きこりのジレンマ」というヤツである。「斧を研ぐ時間がもったいないから、錆びた斧で木を伐り続けてしまう」というアレ。
これは「わかっちゃいるけどやめられない」たぐいのヤツで、その原因は「短期間だと錆びた斧の方が早い」からである。グラフにするとこう。
大体とにかく誰か(上司とか自分とか)のせいで、目標を高くおく。短時間すぎるとこうなってしまう。なので、単純には「焦らずやりましょう」という話になるのだが、もう少し発展させると、
これが複数回繰り返されるタスクだったり、何度も似たタスクを繰り返すと「研いだ斧」から「強くてニューゲーム」できるので、長い時間軸で見れば逆転する。
また、複数人チームで実施するタスクで、「一人だけ斧を研げばよい」というパターンも研ぐのが強くなる。たとえば7人で実施していたら、1人が斧を研いで、あとの6人に渡せばよい。斧が複製可能な場合、研いでる間の無駄も一人で済む。
※こういう仕組みがあるので、割と大規模チームでやってきた人間の方が、斧を研ぐ重要性を体感としてわかっているのかもしれない。逆に言えば、一人で、何かに追われていた人間は、ピンとこないのかもしれない。
仕事などで、何か効率化ツールを用意したり、手間がかかる部分を自動化したり、とかいうのは、この「速度UP」、成果の時間微分の増大を狙ったものだと思われる。
ただ、更に多くの成果を上げようとすると、「成果に対する時間の二回微分」を上げに行くようなアプローチがあるっぽい。
きこりでたとえるなら、「きこりサロン」を開くようなものである。
木こりたちの憩いの場、情報交換のサロンを用意する。そこにやってきたきこりたちは、よりよい木の切り方や道具などについて、情報交換を行う。新しい情報を聞いたきこりは、改善方法を効率的に探し始める。
このように、改善のペース自体が上がっているため、一人でたまに斧を研いだような、ぼっちきこりには、サロン生きこりは負けないのである。圧倒的きこりライフ。
「斧を研いで渡す」とか、「斧の研ぎ方を教える」のではなく、「木を切る効率を上げるための方法論・心構えを教える」みたいなイメージでいる。
まあこんな感じで、「成果の改善速度自体の速度UP」みたいなアプローチは、時間がかかるものの割と爆発的な成果を生み出すような気がする。
現実世界を見ると、似たような仕組みで成果を上げているものが結構ある。
「組織の風土・文化が強み」の企業とか、部活の強豪校とかは、多分こういう装置なのだと思う。経営者は風土や組織作りをして、二回微分を上げに行っているとも考えられる。
また、個人レベルでも、学習・思考方法がこういう形で、年取るほどに加速度的にイケてくる人もいる。
初心者プログラマーのコードを直す(成果UP)のよりは、コーディングのコツ(速度UP)を教えたほうがよいだろうし、もっと言えば、本人が自ら効率化しようとする意志を後押し(加速度UP)したほうがいいのかもしれない。
子どもの教育でいえば、前倒しで知識を詰め込む(成果UP)よりも、勉強のコツを教えたほうがいい(速度UP)のだろうし、さらに言えば、知的好奇心を育んだり、やればできる感を持ったり(加速度UP)するほうがいいのかもしれない。(エビデンスとかは知らない)
目先の成果を出しに行くのは、短期間で出るし、具体的アプローチがあるし、わかりやすい一方で、微分を重ねるほどに、長期間、抽象的、わかりにくい、みたいになっていく。でも、本当に爆発的な可能性があるのは、後者の方だよね、と言う話なんだろうなと。
とかいう話でですね。個人レベルでも、組織レベルでも、時間がたつほど残酷なレベルで、大きな差がついていく理由はこの辺にあるのかもなぁと思った次第です。