問題を解けるサイズに砕く

おいどんは問題解決に興味がある。仕事の上で、自分の問題も解くし、他人の問題も解くことがある。

他人の問題解決を見ていて思うのだけれど、「問題を砕かずに、大きい問題を大きいまま、直観で解決策を考える」という武器しかない人が意外とたくさんいるのである。これには驚いた。

まあ、直観で考えるのは別に悪いとは思わないが、武器がそれしかないというのは心もとない。

問題解決の基本は「問題を砕いて、解けるサイズの小さい部分問題に分割して、それぞれの原因から解決策を考える」だと思う。

しかし、「問題を分割する、原因を考える、解決策を考える」というステップが全くなく、いきなり解決策へ大ジャンプ、みたいな思考様式の人が結構いるのである(会社によるとは思う)

大体そういう人の解決策は、

  1. 抜け漏れが多いので、その解決策が仮にうまくいったとしても、問題全体は解決しない(部分的な解決でしかない)
  2. 原因の掘り下げが足りないので、解決策が成功する可能性も低い

という状態に陥ってしまう。

そういう人の問題解決を手伝ってみる。ヒアリングしながら、問題をいくつかに分解して、個別に原因を考えて、解決策を考えてみる。問題を砕いて、解けるサイズの部分問題に分ける。すると、「得体の知れないどうしたらいいかよくわからない大きな問題」ではなく、「ごく普通のやればできる小さな問題の集合体」になって、当たり前に解ける気がしてくる。そうやって解ける形まで筋道をつけてあげる。

こっちとしては、「おお、すごい、一気にスッキリしました」「僕にはできませんでした」「さすが!ぶるいぬさんは天才だ!」みたいなリアクションを期待するのだが、実際はそうはならない。
「こいつに相談に乗ってもらわなくても、俺でもできたと思う」みたいな顔をして去っていく。「なんか時間かけてこんなもんかよ」みたいな顔をしている。これが悲しくなる。

多分、砕いた部分問題の一つ一つを見ると、当たり前に解決できる小さな問題で、自分でも解決策が思いつくものだから、この、問題を砕くプロセス全体を、自分一人でもできると思うのだろう。でも本当はできないのだ。(というかできてなかったでしょう)

「答えを見ると当たり前で誰でもわかる」だが、「誰でもわかるサイズに問題を砕くのは誰でもはできない」という話なのだと思う。一見見過ごされる、問題を砕くプロセスが、問題解決の基本であり、極意なのではないかと思う。

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