しかたなく「かわいい」と言っているだけなんだ

ここ数か月の僕は、自分の娘を見て、「かわいい」を連呼している。

その中で一つ、気づいてしまったことがある。この「かわいい」は、今までの僕が経験したことのある「かわいい」とは全く別の感覚なのだ!ということだ。これは「かわいい」以上の何かだ。でも、他の言葉を知らないから、しかたなく「かわいい」という言葉を使っているだけなんだ。

「青い」という同じ言葉を使っていても、あの人が見ている青色と、あなたが見ている青色は違う色かもしれない。という話がある。あの人が見ている青色は、もしかすると、あなたが見ている赤色なのかもしれない。

同じように、世の中の親たちが「子どもはかわいいよ」と言った時、その「かわいい」は、世の中にありふれている「かわいい」とは全く別ものなのだ!

このことに、実際に親になるまで僕は気づかなかった。「そんなかわいいかわいい、って言っても、手間もかかるしお金もかかるし、子どもなんて別に欲しくないや。」と、そう思っていたのだ。当時の僕に言えるなら、こう言いたい。「そのかわいいは、かわいいを越えたかわいいなんや!何言ってるか分からんやろけど、君も子どもを持てばわかる!かわいいんや~!!」と。

僕が今、娘を見て体験している「かわいい」という感覚は、間違いなく、今までの僕が感じていた「かわいい」とは別の感覚だ。でも他に言葉が見あたらないから、これからも「かわいい~!」と連呼するしかないのだ。

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